目を覚ましてみると見知らぬ天井だった。
なんのこっちゃ、と思って二度寝することにした。

−−−−遊園地へ行こう(1)



「ちょっと、いつまで寝てる気なの? アズサ!」
「んぁ? …なんでここにララが…」
次に目覚めると、目の前に見知った顔。
と思ったら額のあたりに激痛。
「勝手に人の家で安らいどいて勝手なこと言わないでよね!」
まったくアンタは、などとぶつぶつ言いながらどこかへ引っ込んでいく彼女の後姿を、どうやらたたかれたらしいおでこをなでながら眺めていたらふと、きのうのことが走馬灯のように頭をよぎった。
「うわっ。俺、なんで寝てんの?! しんじられへん!!」
「ちょっと叫ばないでよ」
「うわーごーめーんーーー」
「かくれないでよ」
「うわ最低オレー」
「そんなの前から知ってるし」
「えーそうなんや、って、非道!!」
「ひどくないでしょ、事実を言ってるんだから。ほら、朝ゴハン食べるの? 食べないの?」
思わず叫んだり隠れたりする俺にことごとくつっこむ彼女。
おそるおそる隠れていたカーテンから顔を覗かせると、テーブルの上に日本の食卓が出来上ろうとしていた。
「おお、スゴ!」
「どうせあんた、きのうごはん食べてないんでしょ」
「なんでわかるん?」
「さあなんでやろなっ」
顔色一つ変えずにエセ関西弁で言い放ち、彼女は再びどこかへ引っ込んだ。
あ、あそこキッチンやな。
なんていうか。
きれいなイエー。
あ、ピアノ。
「ララ、ピアノ弾くん?」
「弾くよ」
「なんか弾いてー」
皿を片手に戻ってきた彼女にちょっとおねだりをしてみたら、なんだか不満げな顔をした。
あれ?
「どした?」
「…なんでもない。なにがいいの?」
「ララ」
「曲名を答えてよ」
「なんでもなくないでしょ」
すると彼女は。すい、と黙ってしまった。
こうやってララはすぐ内に閉じ込める。
自分が黙っとけばすむと思うことは、絶対に外に出そうとしない。
そういうとこ、すごくかわいくてすごく憎たらしい。
オレはそんなに頼りにならんか。
…ならんな。
しかしこれからの目標として。
そういうのをわかっていこうと。俺は決めた。
ララをナエの二の舞にしてはいけない。

彼女も、閉じ込めるタイプだった。
最後の最後まで、自分ひとりで決めて。

いつまでもむっつり黙りこくっている彼女に、もう一度声をかける。
「ララ」
すると彼女はびくりとしてから上目づかいで睨みあげ、
「そーいう顔するなよバカーー」
といってそっぽを向いてしまった。
「どういう顔?」
その目線を追うように首をかしげながら問うと彼女は、
「だっ、も、知らない!!」
と言って、きれいに焼きあがった魚の干物を俺の目の前から引っ込めてしまった。
「あああーー!!ヒドイっ。俺きのうの昼間から何も食べてないのにー!」
「知らない!」
「ラーーラぁ」
すがるように魚に手を伸ばしたら。
「変なコト言ってないで早く食べなっ!」
と、俺の前にごとり、と魚の皿を戻した。
おかん?
と思ってちょっと笑ってしまったら、目ざとく見つけられて軽く睨まれた。

「…きのう言ってたこと忘れたのかと思って…」
「好きだって言ったこと?」
うわ、味噌汁がウマイ。
と思っていたら、ぽつりと呟いた彼女。
何のことだと普通に返事をしたら、目の前でララはみるみるゆであがった。
「…あれ、照れた?」
彼女は何も答えない。
俺は茶碗を置いてお茶を一口、飲む。
軽く息を吐いて黙ってみると、ゆであがったララはばっと顔を上げて、
「その溜息でどれだけの女が誤解すると思ってるの!」
とか意味不明なことを叫んだ。
「え?」
「その『ふー…』がイヤ!」
「やっぱり俺のことなんか嫌い?」
「そんなわけないでしょう!」
「ホンマに?」
「その上目遣いもイヤだ!」
と、ひととおり叫び終わったのか、いきなり彼女は脱力した。
「え、大丈夫?」
「…だからそういう顔しないでよ」
「だからどういう顔よ」
「…もういい」
そういった彼女の顔がなんだか本当にどうでもいい、っていう表情なので、これ以上訊くのは控えることにする。
すると待ってました、とばかりに腹が鳴る。
「うわ!」
叫んで腹部を押さえ込んだが、時すでに遅し。
ララは目の前で盛大に笑っていた。
「さすがたくさん食べる人のオナカは大きな音で鳴るねー」
ソファーをばんばんたたきながらひーひーいってる。
ひどい、そんなに笑わなくても。
と思ったけど彼女が笑うところを見るのはとても久し振りな気がしたので黙っておく。
「あたしのお魚もあげるよ、ほら」
と、目に涙を浮かべながら彼女は言う。
もうおかしくて仕方ありませんって、顔に書いてあってちょっとむっとする。
そういうとこ、年上なんだしさぁ。
ちょっとくらい見逃してくれてもええやんかー。
とふてくされたら、
「そんなふてくされなくてもいいじゃん、ほら、味噌汁のお代わりも持ってきてあげるから」
って彼女は手を差し出す。
その表情に俺はかなり感動してしまい。
しばらく惚けたように見つめてしまい。
はっと我に返っておわんを差し出し。
無言で食事を再開した。
そんな俺を見ながら彼女はくすくす笑う。
「笑うな!」
と喚いたら彼女はまた火がついたように笑った。
いやだから、笑うのはいいんだけどさ。
「ねぇ、きのう言ったことどこまで覚えてるの?」
笑いすぎて溢れた涙を拭いながら彼女は戻ってきて、軽めに、言った。
「…どこまでって?」
「遊園地」
「あ、覚えてる」
「本当?」
「なんだ、遊園地、行きたかったんだ?」
「だって好きなんだもん!」
箸で白いご飯を口に運びながら彼女は少し口を尖らせた。
「あんな思いつめた目をして言うから何かと思った」
「うるさいなぁ」
味噌汁をすすりながら、彼女。
「かわいいなぁ」
魚をいじりながら、俺。
「な、何言ってるの」
漬物に手を伸ばしかけ、どもる彼女。
「んとね、菊次郎の夏の曲を弾いて頂きたい」
「それは話をそらしてるわけ?」
「ん、ララがかなり照れているようなので」
かわいいとか、言うと。かなり照れる。このひとは。
そこがまたかわいいですけど。
「菊次郎の夏…? あ、SUMMERか」
「弾ける?」
「うん、私もあの曲は好きだ」
と言いながら、茶碗に盛られていた少ないご飯を食べ終えてお茶を一口飲んで彼女は立ち上がる。
「じゃあ食事のBGMに弾いてしんぜよう」
なんて、偉そうに言いながら。

ところで一人暮らしなのにピアノがある部屋ってどうなんだろうか。
家賃は一体いくらなんだろう。
魚を食べながら下世話なことを考えていたら、ポーン、と鍵盤をひとつたたいてから、よどみないメロディーが流れ始めた。
と、思ったらそれが止まって、
「そうそうちなみに」
「ん?」
「ファーストキスじゃありませんからー」
と、彼女は意味ありげに笑った。
「え、な、は?」
突然の発言にご飯を喉に詰まらせそうになりながらも何とか疑問の意を表明すると彼女は満足そうに笑い、何事もなかったかのようにピアノを弾き始める。
「なんだよそれー!!」
と叫んでも、ララは笑うだけで何も答えない。
その横顔を見ていたら、「何故か抱きしめたくなった」とか言ったら、冷たくつっこまれるだけだろうから黙っていた。

まったく本当に、いつのまにこんなに?


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2003.3.25up



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